千代田区(未分類)

マップアプリで開く

タグ情報

is_in
東京 (Tokyo Metropolis), 日本 (Japan)
is_in:continent
Asia
is_in:country
Japan
is_in:country_code
JP
name:es
Chiyoda
name:it
Chiyoda
ひらがな
ちよだく
name:ja-Latn
Chiyoda-ku
かな
ちよだく
韓国語名
지요다구
name:lt
Čijoda
name:pl
Chiyoda
name:ru
Тиёда
name:uk
Район Тійода
中国語名
千代田區
name:zh-Hans
千代田区
name:zh-Hant
千代田區
place
city
population
46397
wikidata
Q214051

千代田区って

千代田区(ちよだく)は、東京都の区部中心部に位置する特別区。
引用:Wikipedia

概要・歴史

thumb|right|300px|丸の内の超高層ビル群と東京駅の丸の内駅舎 東京23区のほぼ中央に位置する山口恵一郎 『日本地名辞典 市町村編』1980年10月。。区の中央に皇居があり、区全体の約15%を皇居の緑地が占める。区域は江戸城の外濠の内側部分とほぼ一致しており、外郭を含めた城址にあたる場所である鈴木理生『千代田区の歴史 東京ふるさと文庫 5』1978年3月。。永田町や霞が関を中心にさまざまな首都機能が集積し、日本の政治・行政・司法の中心地である。また、日本屈指のオフィス街である丸の内や大手町は東京の中心業務地区(CBD)の1つとして機能しており、3大メガバンクの本店や主要な大企業の本社が多数集積し、日本の金融・経済の中核を担っている。区の東側には東京駅が位置し、日本の中央駅として多数の新幹線・在来線の起点となっている。 旧麹町区と旧神田区の合併により誕生した。 皇居西側を中心とした旧麹町区は都心屈指の高級住宅街として知られている。 西部は武蔵野台地の東端にあたる麹町台や駿河台といった台地で、東部は沖積平野である。北部に神田川が東に向かって流れ、日本橋川が三崎橋付近から分かれて流れている。 千代田区は、現在の皇居に江戸城が置かれ徳川幕府の本拠地として政治の中心になり、明治維新後も新政府が大名屋敷跡に官庁街を開設して首都機能を置いて「東京」の中心地としており『千代田區史』1960年。、日本の政治の中心が引き続き置かれることになった。古来より荒川や利根川(現在の古利根川、下流は隅田川がかつての水路)、多摩川の河口部に近く、日比谷入江があったことから、海と川を利用した水運の根拠地となり、関東地方における流通の中心地としての機能を果たしていたといわれている「江戸湊」も当地区にあった。 江戸時代には、掘割沿いに河岸と呼ばれる流通基地が整備され、現在の中央通りにあたる「通町筋」には「伊勢屋」の屋号を名乗る伊勢商人などの上方の商業資本が多く進出しており、問屋機能の集積が進んだ。 神田地区は、江戸時代から幕府御用の儒学者が集まった昌平校があり、民間の学者も多く住んで私塾が多数あった学問の盛んな地であったが、近代以降も私立大学や予備校などが多数立地する文教地区となっており、御茶ノ水界隈は日本最大の学生街となっている。こうした伝統の影響もあり、神田の一角にある神保町には世界最大級の古書店街である神田古書店街が形成され、出版社も多く立地している。 江戸時代の神田川の付け替えで分離され、江戸城の川を挟む形となった神田の北部は外神田と呼ばれるようになった。江戸時代に火災の延焼を防ぐため、約9,000坪の広場が作られて遠江の秋葉神社が勧請されたことから、この地区は秋葉原と呼ばれるようになり、第二次世界大戦に露店商が集積し、そこから電気部品を扱う店舗が集まる「秋葉原電気街」が発達した。現在、秋葉原は電気街としての側面も持ちつつ、世界的に有名な「オタクの街」「サブカルチャーの街」として発展し、世界中から多くの観光客を呼び寄せている。 明治以降、国会・首相官邸・中央省庁・最高裁判所などの三権をはじめとする日本の首都機能、主要政党の本部など国家権力の中枢が千代田区に集中し、日本の立法・行政・司法の中心である。区内の永田町、霞が関といった地名は国会議員や官僚の代名詞である。 1891年に丸の内が三菱に払い下げられて政府機関などに隣接するオフィス街が建設され、政府との間での人脈構築や情報の収集しやすさから当地区に大手企業の本社が多数立地するようになり、経済面でも中心的な機能を果たすようになった。このため丸の内には三菱グループの各社の本社が多数集積しており、その歴史的経緯から丸の内は「三菱村」とも呼ばれる(グループの御三家と呼ばれる三菱UFJ銀行、三菱商事、三菱重工業の本社は全て丸の内に位置している)。その結果、丸の内や大手町、日比谷は3大メガバンク(都市銀行)の本店や全国紙の新聞社をはじめ、大手製造業や大手総合商社などの巨大企業の本社機能が集積しているほか、経団連や農協などの経済団体の本部も集結している。
年表
江戸時代前期までの「江戸」は、現在の千代田区周辺を指し、江戸城は別名「千代田城」と呼ばれていた。
明治以前は武蔵国、豊島郡であった。
明治以降は麹町区および神田区。
以前は東京都庁が丸の内三丁目(現在の東京国際フォーラムの場所)にあったが、1991年に新宿区西新宿二丁目に移転している(都庁所在地としての表記は現地移転後も東京)。
歴史上の出来事
桜田門外の変
日比谷焼討事件
原敬暗殺事件
二・二六事件
五・一五事件
三菱重工爆破事件
地下鉄サリン事件
秋葉原通り魔事件

住宅街と人口

明治維新後に徳川将軍家が駿府(現在の静岡市)に転封になった際には、当区の北西部に居住していた旗本・御家人が大量に失業状態になって屋敷を引き払ったことなどが影響して人口が激減し、区北西部の旗本屋敷街は一気に無人状態に陥ることになった。旗本屋敷跡のうち、神田地区には一般市民などが移り住む、学校が開設されるなどの形で民間の市街地となり、番町地区や麹町地区には明治政府の官僚などが移り住んだことから高級住宅街となっていった。こうした新たな住民の流入により人口がいったん回復し、1919年の第1回国勢調査では約22万人となっていた。 しかし、関東大震災で大きな被害を受け、復興の過程で郊外の鉄道沿線に住宅街が発達したことから住民が流出し、再び人口が減少することになった。 第二次世界大戦時には統制で通常の書籍の出版がほとんど行われなくなり、丸の内などのオフィス街も統制機関や軍需機関などによって接収されるなどしたため、民間の活動はほぼ壊滅状態となったうえ、空襲で区内の民家の大半が焼失したことから、旧神田区が2万1,506人、旧麹町区が1万435人の合わせて3万1,941人まで人口が減少した。 一番町から六番町を総称して「番町」と呼ばれる千鳥ヶ淵に隣接する皇居の西側の地区は、セブン&アイホールディングスやそのグループ会社(セブンイレブンジャパン、イトーヨーカ堂、そごう・西武など)の本社や大使館などが立地しているオフィス街であると同時に、高級住宅街にもなっている槇野修 『地名で読む江戸の町』2011年9月15日。。 2015年の国勢調査では人口増加率23.9%を記録し、全国の市区町村で1位を記録した。
人口
当地は先述の通り明治以降に官庁街とオフィス街、文教地区が形成されたことから、大正時代にすでに夜間人口と昼間人口の差が大きくなっていた。この傾向は第二次世界大戦後に一段と加速し、昼間人口が約15倍から約20倍に上るといわれるようになった。 1980年代以降は住民の比較的多かった神田地区は、バブル景気も相まって不動産業者が用地買収を盛んに行って再開発し、高層ビルなどを建設したことから、一部で高層の住宅も併設されたものの人口が急速に減少し、この傾向がより強まっていった奥田道大 『都市と地域の文脈を求めて 21世紀システムとしての都市社会学』1993年1月。。 しかし、先述のような再開発や地価高騰にともなう大都市の中心市街地における人口減少が典型的に進んでおり、夜間人口は約5万8000人で23区で最も少ないが、昼間人口は約15倍の約85万人にまで膨れ上がる。こうした夜間人口の少なさから、夜間人口を面積で割って算出される人口密度は、2015年10月1日現在でほかの22区がすべて10,000人/平方キロメートル (km2)を超える中、当区のみ約5,000人/km2と低くなっている(昼間人口で計算すれば、70,000人/km2を超える過密状態となる)。 2005年に夜間人口(居住者)は4万1683人であるが、区外からの通勤者と通学生および居住者のうちの区内に昼間残留する人口の合計である昼間人口は85万3382人で、昼は夜の約20.5倍の人口になる(東京都編集『東京都の昼間人口2005』平成20年発行120,121頁。国勢調査では年齢不詳のものが東京都だけで26万人いる。上のグラフには年齢不詳のものを含めているが、昼夜間人口に関しては年齢不詳の人物は数字に入っていないため数字の間に齟齬が生じている)。

地域

主な祭事・行事
皇居一般参賀(正月、天皇誕生日)- 通常開放されていない正門が開放される。
神田祭
将門塚例祭
神田古本まつり
日比谷公園ガーデニングショー - 10月に都立日比谷公園で開催される。
麹町地域(旧麹町区)
麹町地域は、江戸開府以来から東京山手の町として賑わいを見せている。皇居を中心に、高級住宅地としての色とオフィス街および官公庁街としての色が濃い地域である。
各町の特徴
千代田 - 皇居の所在地。新宮殿、皇居東御苑、宮内庁などがある。
皇居外苑 - 和田倉噴水公園(会津藩松平家上屋敷跡地)
北の丸公園 - 皇居の北側。日本武道館、東京国立近代美術館、国立公文書館などがある。九段下駅、竹橋駅が近い。
大手町 - オフィス街。読売・産経・日経新聞本社や経団連(関連:大手町駅)
丸の内 - オフィス街。東京駅西側。三菱グループ関連のビルが多く、別名「三菱村」。
有楽町 - 有楽町駅、日比谷駅の周辺の地域。織田有楽に由来。またニッポン放送(ラジオ局)がある。
内幸町 - 中日新聞東京本社(東京新聞・東京中日スポーツ)(関連:内幸町駅)
日比谷公園 - 日比谷野外音楽堂、日比谷図書文化館
霞が関 - 官庁街や警視庁本庁舎。「官僚」の代名詞にもなっている(関連:霞ケ関駅)
永田町 - 国会議事堂や自民党本部、立憲民主党本部、国民民主党本部、首相官邸があり、日本の政治の中心であり「国政」の代名詞にもなっている(関連:永田町駅)
飯田橋 - 飯田橋駅
富士見 - 法政大学、在日本朝鮮人総聯合会中央本部
九段北 - 築土神社、靖国神社、東京理科大学
九段南 千鳥ヶ淵緑道、 千代田区役所、東京法務局、九段会館、日本大学本部
麹町 - 旧麹町区役所の所在地。麹町駅、半蔵門駅
一番町 - 駐日英国大使館
二番町 - 日本テレビ麹町分室(BS日テレ本社など)
三番町 - 千鳥ケ淵戦没者墓苑、千鳥ヶ淵緑道、大妻女子大学
四番町
五番町 - 市ケ谷駅
六番町 - ソニー・ミュージックエンタテインメント本社
隼町 - 最高裁判所
平河町 - 砂防会館、全国共済農業協同組合連合会、タイトー本社
紀尾井町 - ホテルニューオータニ、上智大学
一ツ橋(一丁目) - 毎日新聞本社、竹橋
神田地域(旧神田区)
神田地域は、中央区日本橋や京橋とともに東京下町の一部として、江戸開府以来の中心的商業地として賑わいを見せている。
神田冠称について
現在の千代田区の町名で旧神田区の区域にある街は「神田○○町、○神田」と称している(住居表示実施地区を除く)。これは戦後、旧麹町区と旧神田区が合併する際に「神田」の町名が消えることを避けるために、旧神田の町名に神田を冠したことによる。名称の経緯が似ている例として日本橋地域が挙げられる。
各町の特徴
一ツ橋(二丁目)
内神田 - 広意には、江戸城総構え内(神田川以南)の神田地域を指す。神田駅西側の地区。
西神田
岩本町
神田岩本町 - 町域の大部分は「岩本町」に町名変更。
鍛冶町 - 神田駅東側の地区。
神田鍛冶町 - 神田鍛冶町三丁目のみ残存(一丁目・二丁目は「鍛冶町」)
神田猿楽町
神田三崎町 - 水道橋駅
神田淡路町
神田小川町 - スポーツ用品店街
神田北乗物町
神田紺屋町
神田神保町 - 古書店街、神保町駅。
神田須田町
神田駿河台 - 御茶ノ水駅周辺の地域。明治大学・日本大学などのある学生街。
神田多町 - 神田多町二丁目のみ残存。
神田司町 - 神田司町二丁目のみ残存。
神田富山町
神田錦町 - 旧神田区役所の所在地。
神田西福田町
神田東紺屋町
神田東松下町
神田美倉町
神田美土代町
東神田 - 繊維問屋街。一丁目・二丁目が総構え、三丁目が総構えの外れにあたる。
外神田 - 広意には、江戸城総構えの外れ(神田川以北)にある神田地域を指す。秋葉原駅の西側の地区。秋葉原電気街の中核をなす。
神田相生町
神田和泉町
神田佐久間河岸
神田佐久間町 - 東京メトロ秋葉原駅がある。
神田練塀町
神田花岡町 - ヨドバシAkiba、つくばエクスプレス秋葉原駅がある。
神田平河町
神田松永町
官公庁
千代田区は日本の中枢であり、多くの政府機関が密集している。
国会議事堂
最高裁判所
総理大臣官邸
内閣府庁舎
内閣官房庁舎
外務省庁舎
財務省庁舎
経済産業省庁舎
国立公文書館
日本学術会議
官民人材交流センター
宮内庁庁舎
消費者庁(山王パークタワー)
人事院庁舎
中央合同庁舎
第1号館
第2号館
第3号館
第4号館
第5号館
第6号館
第7号館
thumb|国会議事堂
在外公館
大使館